こんにちは!けーぴー(@keikokpkp)です。
料理は好きだけど、飲食店で働くのはなんか違う、、料理で他に仕事できないかなあ?
そう思っている人もいるはず。
雇われない料理人ってどうやってなったのー!?
インスタのストーリーズがいつ見ても美味しそうで、イキイキしてる
わたしのお友達の「フリーランス料理人 なおちゃん」に話を聞いてみました!!

【なおちゃん】
広島出身。
日本、海外のレストランで働いたのち
「お店で雇われて料理をするのではなく自分で何かしたい」と
田舎フリーランス養成講座受講後、フリーランス料理人として
イベントやケータリングで食事を振る舞う。
「ご飯を囲むことで人の縁が繋がって欲しい」との思いから作られるなおちゃんの料理は
どこか懐かしくてほっこりする味です。
目次
フリーランス料理人になるまでの経緯

料理人を目指したきっかけ
なおちゃんが料理人になりたいと思ったきっかけは、
日本の高校を退学してニュージーランドの高校へ留学した経験からでした。


しかし、いざニュージーランドへ留学してみたものの
英語が思うように話せず、自分に劣等感を感じるようになってしまいました。
そこで、「日本料理クラブ」を作って料理を友達に振る舞うと
ニュージーランド人にとても喜んでもらえて「料理って人を幸せにするんだなあ」と思い、
日本に帰ってから海外に通用する料理人を目指すことにしたのでした。
料理の世界は厳しかった

地元広島の日本料理店で働きだしますが
待っていたのは開店前に素手でトイレ掃除をしないといけない、掃除ばかりで包丁を握らせてもらえない、厳しい世界でした。
2年経っても掃除当番で料理をさせてもらえず、このままここにいても
料理の上達はできないと感じたなおちゃんは、お店を辞めることにします。


やっと海外で料理ができたと思ったら!?

その後、金沢の旅館で2年働き、料理の基礎を身につけたなおちゃん。
これでもう海外で料理ができるぞ!とワーキングホリデービザを使いオーストラリアへ向かいました。
しかし、最初のレストランではイメージする通りの高級和食レストランだったものの
裏方でバイトがするような仕事ばかり。お客さんの顔も見えず、モチベーションはどんどん下がっていって
そのお店も辞めたいなあ、、と思っていた矢先になんと大事な両腕を骨折!



しかしその前に応募していた次の転職先が内定していて、
オーストラリアのハミルトン島にあるアジアンレストランへ転職することになりました。


和食にこだわりがなくなった!
ハミルトン島のレストランは、和食ではなくアジアンレストランでした。
そこで、今まで和食にこだわって料理をしていたなおちゃんは
「お?今まで日本料理にこだわっていたけど、こだわらなくてもいいんじゃない?違う料理も面白いじゃん!」と思うようになります。
もっとここで働きたい!
ただ、そのタイミングでビザが切れる時期だったので、一時帰国し、ビザの再申請をします。
ところが、、、
まさかの申し込んだビザが落ちた!!!
ビザが取得できずにハミルトン島へ帰れなくなってしまったなおちゃん。


料理人辞めます宣言

オーストラリアで働く夢が途絶えてしまったなおちゃんはとても悩みます。
もう日本の飲食店で働きたくなかったので、もういっそのこと他の仕事をしよう!
パソコン1台で生きていくんやあ! と
Webデザインの学校に通うことに。
そして、沖縄でめちゃくちゃ行きたいと思っていた会社へ応募。
しかし、最終面接で落ちてしまいます。
そこでウェブの仕事はそこですっぱり辞めようと思ったそう。


なおちゃん山にかえる

全てが嫌になり、ずっと山への憧れがあったなおちゃんは、
もう1回料理をしようかなあと思い、長野にあるホテルの社員食堂で働いてみることに。
社員食堂で人との距離が近く、ご飯が美味しいと言ってもらえたことが嬉しくて
「社員食堂、わたしに合っているかも」と手応えを感じていました。
しかし!!
観光外国人のためのレシピを作って欲しいと頼まれて、さあこれからという時に
ひざの前十字靭帯を断裂するという大きな怪我をします。



なおちゃんの決断はいつも唐突
治療に時間がかかることから、長野を離れて実家の広島で療養することになりました。
その時のなおちゃんの心は、
- ウェブデザインも勉強してみたけど就職できずにダメだった
- 長野に行って、料理でいよいよこれからという時にまた大きな怪我をして振り出しに戻ってしまった
「私は何をやってもダメやああああ」と
毎日朝が来るのが嫌で、半年ぐらい引きこもっていたそう。




なおちゃん色々吹っ切れる

それからのなおちゃんは、ギリシャに行って働き、
日本に帰ってきてからは岐阜、三重、長野のレストランで働いた後、
ニュージーランドへ向かいます。(もうなんか色々濃い)
ニュージーランドで初めて食事をケータリングする会社で働き、
ワイナリーや、羊狩り場など様々な場所にご飯を届けているうちに
ケータリングの仕事はいいなあ楽しいなと感じました。
けれど、就職するのはなんか違う、、、と思い、「もっとうちで働かないか」
というオファーが来ていたけど断ったそうです。


そして、車で移動しながら旅をしてキャンプしてご飯を作って、登山をして、と
自由な旅をするうちに
「そろそろ日本に帰ろうかな」と考えて、
日本に帰ったタイミングで田舎フリーランス養成講座というフリーランスのための講座を受けることにします。

めちゃクチャ楽しそう
フリーランス料理人なおちゃん誕生!

1ヶ月の田舎フリーランス養成講座では講座メンバーと共に生活することになります。
そこで、参加者の男の子が毎日コンビニのご飯を食べていて
メンバーの不健康さが気になったなおちゃんは、
田舎フリーランス養成講座の経営者である池ちゃんに
「不健康な子もいるんですけど、田舎フリーランス養成講座に食事係とかいたらどうですかね??」と聞いてみたところ
「あ、いいねーやってみよう」と言ってくれて
次回の講座からなおちゃんが食事担当になりました。

それから、フリーランス養成講座の食事担当を何回かしているうちに
フリーランスの知り合いが増えて、東京でイベントを開催したり、
他のイベントでも「うちで料理してくれない?」と呼ばれる機会が増えるようになりました。

フリーランス料理人なおちゃんの誕生です♡
それからは、田舎フリーランス養成講座の料理担当を中心に、全国各地で
「なおメシ」イベントを開催し、フリーランス料理人として
今日もどこかでなおちゃんはご飯を作っています。
なんで人とすぐ繋がれるの?

なおちゃんの素敵なところは、なんといってもすぐに人と仲良くなるところ。


なんかね、一緒に料理してたら仲良くなるよね笑
田舎フリーランス養成講座は1ヶ月間ずっと同じメンバーと一緒にいるから特にそう感じる

あとは、イベントを主催してみること!イベントの参加者だと、ただの1人の人になるからみんなに覚えてもらいにくいけど、主催側になったら覚えてもらいやすい

でもね、東京で1回目にイベントをしてみたときはめっちゃ怖かったけどね


そうそう、ホント怖かったよ笑
でもやってみると、みんな楽しいことをなんか探してるんだってわかって、やってよかったと思った
もっとすごい料理人はいっぱいいるけど



地方の余っている農作物を使ってご飯を作ったりしたいと思ってる。
わたし大した料理人じゃないし、もっとすごい料理人はいっぱいいると思う。
でも、高級料理ではないけど、楽しい場を作ったり盛り上げたり人を繋げるというところは、
わたしにできる部分だと思うからそこは大事にしていきたいと思ってる!
「なおちゃんのご飯食べたい」も言われて嬉しいけど
「なおちゃんと一緒にご飯作りたい」も言われると嬉しい。

一緒に滞在している間もずっと美味しいご飯を作ってくれていて、
なおちゃんの作ったご飯をみんなで食べると、家族感が出てくるのは
ほっこりする美味しいご飯と、なおちゃんの人柄がそうさせるのだと思いました^ ^
(フードプロセッサーとバーナーをリュックに入れて持ち歩いてるのはびっくりした)
ぜひなおちゃんのご飯を食べてみてください♪
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